映画「初めに父が殺された」

すごいタイトルだけど、原題は「First They Killed My Father」。

もちっとマシな邦題はつけられなかったんか・・・・

https://youtu.be/C7G0p2JVzGk


現在、Netflix(https://www.netflix.com/)で公開中だけど、シェムリアップではMajorシネプレックスで先行上映があって、記者会見にアンジーが来たそうですよ!!


んで、この映画はクメールルージュの行為を7歳の時に見た女性が書いた自伝をもとに作られていて、ほぼ実話なんだそうな。

そしてこの女性、ロンノル政権の幹部の娘というすごい立場なのね!!

よく殺されなかったね!びっくり!!

てか、初めに父(ロンノル政権幹部)が殺された、っていうタイトルは「ロンノル政権の幹部が殺された時が始まりの時だった」という意味なんじゃないでしょうか。



で、なんとなく「クメールルージュ」と言うと「ポルポト」「大虐殺」というイメージがありませんか?

でも、この映画では「ポ」の字も出てこないし、大虐殺シーンもなくて、これがカンボジアの学校で教えられているクメールルージュの内容にかなり近いんじゃないかなあ、と思いました。



カンボジアの学校では「ポル○○はカンボジア人を殺していない」と教えているらしいけど、さすがに殺してない、ってのは無理があるけど、海外でイメージされているポ○○○と、実際の人物とはかなり違うと思います。この映画では、Angkar(クメールルージュの幹部集団。カンボジア各地にいた)の行動が詳しく描かれていてAngkarが暴走している様子が想像できます。「ポ」の指示が抽象的だったんじゃないかとか、Angkarが「ポ」の意図を理解してなかったんじゃないかとか、「ポ」にも収集できないくらいAngkarが力を持ってしまったんじゃないか、とか。中国の文化大革命に似ていると思いました。

第二次大戦中の日本みたいに、首相とか天皇の意向を飛び越えて関東軍が暴走した様子にも似ているかもしれません。



「ポ」が何をしたかったのかは東南アジア史最大の謎と言われているけど、この映画の最初の方で「国民はみな平等、金持ちも貧乏もない。みんなが同じ服を着て、同じものを食べて、同じ仕事をするべし。古い価値観にとらわれているカンボジア人(この場合、原始の暮らしを捨てて知的な労働に従事していた知識人や富裕層)は農村で働いて原始に戻るべし。戻れないヤツは殺す!!」とAngkarが訴えていて、それが「ポ」の掲げた理想的な社会主義だったんでしょうか?

実際に主人公の女の子は、カラフルな服を炭みたいな染料で染めて、みんなが同じ濃いグレーの服を着て、私物は没収、みんなが何も持ってない、みんなが飢えているという、むちゃくちゃな平等主義の中での生活を強いられて、この部分を丁寧に描いた映画は今までなかったと思います。



クメールルージュというと残虐行為ばかりがクローズアップされてしまうけど、残虐な行為に遭わなかった人、殺されなかった人はどうやって生き延びたのか。

Angkarは生き延びた人たちにどんな教育や指示を与えていたのか。

そっちの方が重要だと思います。

暴君の暴挙を批判するより、過去の暴君の暴挙の過程を知って事前に暴君の誕生を防ぐべきでは。



カンボジアに観光に来た人、特にプノンペンに行った人はトゥールスレンとキリングフィールドに行く人が多いと思うんだけど、単純に「ポは悪いヤツだ」と思わないでほしい。「ポル○○はカンボジア人を殺していない」はさすがに誇張だけど、ポルポト政権の裏にはアメリカと中国の対立があって、「ポ」は「シ」に引っ張り出されたわけで、利用された、という見方もできるし、そもそも資金援助していたのは誰なのか。それを知っても「ポ」が悪いと言えるのか。

「ポ」が悪い。の一言で片づけたら、また同じことが繰り返されるし、現にいま世界各地で繰り返されています。



今また、北の方の変な人が日本に爆弾飛ばしたりして、アメリカと中国がけん制しあっているけど、単純に「あのデブが悪い」で片づけられる問題ではないです。

中国にとっては重要な外交カードだし、虐殺があったり、内戦があったり、爆弾が飛んで来たり、その背後にはやっぱりアメリカと中国(昔だったらソ連。)の対立があるので、単純に「あいつが悪い」で終わる問題ではないと思います。

そして「あいつが悪い」で終わらせているから、同じことが形を変えて今でも繰り返されているんだと思います。



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